パーソナル・ブランディング

先日、読者の方から「中島さんのような有名人ともなると、得なことがいっぱいあると思いますが、特に有名人になって良かったなと思うことはなんですか?」という質問を受けました。

とても良い質問なので、パーソナル・ブランディングという観点から考察してみたいと思います。

パーソナル・ブランディング(もしくは、パーソナル・マーケティング)とは、通常のマーケティングのように会社や商品を知ってもらうことではなく、個人の名前を知ってもらうことです。それも単に名前を知ってもらうだけではなく、その人の経験や経歴を反映した上で、多くの人がその人を信頼し、発言に耳を傾けるようになることを狙います。

「ルイ・ヴィトン」というブランドには、「丈夫で長持ち」というイメージが強く結びついていますが、それと同じように、「Elon Musk」というブランドには、「不可能なことを可能にしてしまう偉大な起業家」というイメージが強く結びついているのです。

私の場合、タイミング良く Windows 95 のアーキテクトというポジションに立つことができた上に、米国でも企業経験があるため、「世界で活躍するソフトウェア・エンジニア」というイメージが強く結び付くことになりました。そのおかげで、さまざまなカンファレンスにスピーカーとして招待されるし、実際のビジネスの場でも、私が顔を見せるだけで商談がうまく進むことがしばしばあります。このメルマガに数多くの読者を集めることができたのも、私の名前にブランド力があったからです。
スクウェア・エニックスから(一度買収された) UIEvolution を MBO(Management Buy Out)した際の資金集めにも、私のブランド力が多いに役に立ちました。

Elon Musk が経営する Tesla が、莫大な赤字を垂れ流しているにも関わらず、株高を維持し、資金調達をし続けることができているのも、彼のブランド力が重要な役割を果たしています。Elon Musk が無名の人物だったとしたら、まったく同じ行動や発言をしたとしても、今の Tesla は存在しないと思います。

Apple の iPhone があれほどの成功を収めたのも、Steve Jobs というブランド力があったことが重要な役割を果たしたことを見逃してはいけません。
Steve Jobs の熱狂的なファンが数多くいたからこそ、Apple は iPhone のビジネスを一気に立ち上げ、他者が簡単に追いつくことが出来ないだけのシェアを握ることが出来たのです。カリスマ性を持つリーダーがいない、ソニーやサムソンにはできない芸当です。

日本の企業の中では、任天堂がパーソナル・ブランディングを上手に使っています。スーパーマリオ、ゼルダの伝説、などの名作を作った宮本茂氏を「スーパークリエーター」として持ち上げ、彼の熱狂的なファンを世界中に何百万人も作ることに成功したのです。

パーソナル・ブランディングには、実績が必須ですが、どんなに大きな仕事をしたとしても、その人の名前が有名になるとは限りません。

典型的な例がトヨタのレクサスです。高級車ブランドとしては素晴らしい地位を占めていますが、「誰がレクサスの生みの親」はまったく知られていません。「レクサスは一人の人じゃなくてチームで作ったから」と反論する人もいるでしょうが、それを言えば、iPhone だって同じで、決して Steve Jobs が作ったわけではないのです。しかし、Apple は Steve Jobs というカリスマ性を持つリーダーを巧みに利用し、あたかも Steve Jobs が iPhone の生みの親であるかのような演出をすることにより、Apple、iPhone、Steve Jobs の三つのブランド力を同時に高め、iPhone の成功に結びつけたのです。

そういう意味では、ソニーもウォークマンの生みの親は大賀さんだったし、プレステは久多良木さんだったので、その頃までは、パーソナル・マーケティングをうまく活用できていました。しかし、技術畑の人間ではない出井さんがCEOになって以来、製品名に作り手の個人名が紐づくことはなくなってしまいました。

パーソナル・ブランディングが素晴らしいのは、コーポレート・ブランディングよりも広告の費用対効果が高いことにあります。Steve Jobs の時代の Apple は 、Microsoft と比べてはるかに低いマーケティング予算で何倍もの効果をあげていたことが知られています。

ちなみに、せっかく良い仕事をしていても、誰にも知られていない人(いわゆる「地上の星」)はたくさんいます。

私は、たまたま良いタイミングでブログを書いていたために、知名度が上がりました。「はてなブックマークをできるだけ多く集める」という私だけの遊びが、期せずして私のパーソナル・ブランディングという意味でとても効果的だったのです。

その意味では、ブログやYoutubeを通じてコンスタントに「発信し続ける」ことは、今の時代、ものすごく重要だと思います。発信することによって学ぶこともたくさんあるし、長期に渡って発信し続けることが、ボディ・ブローのように効いてくるのです。


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