経歴に「その人のピーク」は現れる

経歴に「その人のピーク」は現れる

人の肩書やプロフィール欄を眺めていると、そこに“その人のピーク”がにじむことがある。

学生時代、情報系の学会の手伝いで、アメリカの国際会議のブースに立ったことがある。そこで来場者にアンケートを書いてもらったのだが、驚いたのはアメリカの大学に留学しているアジア系の学生たちの“攻め方”だ。

まだ修士課程の学生なのに、経歴欄に堂々と「202X年 PhD」と未来に予定を書いてくる。しかもそれが一人や二人ではなく、複数いた。

「将来こうなるつもりだ」という未来の経歴を、当たり前のように書く文化があるのだと感じた。

一方、日本ではまったく逆の光景も目にする。

定年退職後に「元◯◯会社 部長」という肩書の名刺を新しく作る、というニュースを見たことがある。

その人にとっては、その会社で部長だった時期こそがピークであり、それを大切に持ち歩きたいのだろう。

ブログの世界でも似た傾向がある。

いい年齢の中年ブロガーが、いまだに「◯◯中学出身」「◯◯高校卒」といった肩書を誇りのように掲げていたりする。

X(旧Twitter)のプロフィール欄を見ても、書かれている経歴には「その人が最も輝いていたと思っている時期」がよく反映されている。

逆に、いま現在も前進し続けている人は、未来の希望や現在の挑戦を書いている。肩書が“過去の実績”よりも、“これから作る未来”に向いている。

結局のところ、その人がアピールしたい経歴 = その人が自分のピークだと思っている場所なのだと思う。


だからこそ、自分自身は、いつも未来の話を書いていきたい。

過去のピークにしがみつくのではなく、「これからの自分」に肩書を付けられるように。

そしてこれは、自分が一緒に未来を作っていく仲間を探すときにも大きなヒントになる。相手が未来を向いて生きているのか、それとも過去の栄光にすがっているのか。

経歴には、その人の“向いている方向”が静かに表れている。

未来に向かう人たちと、一緒に進んでいきたい。

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