半導体は「日本がいちばん得意な産業」なのになぜ日本発の“100兆円企業”は生まれないのか

半導体は「日本がいちばん得意な産業」なのになぜ日本発の“100兆円企業”は生まれないのか

生成AIブームで、世界は再び「半導体の時代」に入った。

クラウド事業者やビッグテックは、巨額の資金を投じてデータセンターとAI向け半導体を増産し、TSMC、サムスン、NVIDIAといった企業の時価総額はいずれも世界トップクラスに並んでいる。

一方、日本。

1980年代には世界シェア4〜5割を誇った半導体大国は、今やロジックやメモリといった「完成品チップ」の分野では主役ではない。

しかし、それで「日本は半導体で負けた」と言い切るのは、実はかなり雑な理解だ。

日本企業は、半導体をつくるために欠かせない装置・材料・部材の分野で、今もなお世界トップクラスの競争力を維持している。

シリコンウェハ、レジスト(感光材)、洗浄薬品、検査装置、コータ・デベロッパなど、世界の最先端ラインは「日本製なしでは動かない」と言っても大げさではない。日本は半導体材料で世界シェア56%、製造装置で約3割を握るとの試算もある。

それでも、TSMCやサムスンのような「100兆円級の巨大企業」が日本から生まれてこないのはなぜか。そして今からでも、再びその規模の企業を生み出すことは可能なのか。


日本の「半導体DNA」はどこに残っているのか

道具と材料では、いまも世界屈指

まず、現在の半導体サプライチェーンにおける日本のポジションを整理しておきたい。

半導体産業は大きく分けると:

1.完成品チップをつくる会社- ロジック(CPU/GPU/SoC)、メモリ(DRAM/NAND)など

- 代表例:TSMC、サムスン、インテル、マイクロン など

2.完成品をつくるための装置・材料・部材をつくる会社- 露光装置、エッチング装置、洗浄装置、検査装置

- シリコンウェハ、レジスト、特殊ガス、スラリー、超純水システム など

という2階建て構造になっている。

「道具・素材」では日本が主役

このうち後者、“道具と素材”の分野では日本が依然として主役だ。

加えて、超純水設備や精密な搬送装置、光学部品など、グローバルサプライチェーンのあらゆるところに日本企業の名が登場する。

「半導体を“つくるための世界”の中では、日本は今も巨大な存在」というのが現実だ。


韓国・台湾・中国は、どこで勝ってきたのか

「包丁をつくる日本」と「料理をさばく韓国・台湾」

ではなぜ、日本ではTSMCやサムスンのような“100兆円級”が育っていないのか。

わかりやすくたとえるなら、日本は**「世界一の包丁と食材を作る国」であり、韓国・台湾は「世界中から包丁と食材を集めて、

一流レストランを世界展開した国」**だと言える。

台湾:TSMCという「世界の工場」

台湾のTSMCは、世界のファウンドリ(受託製造)市場で圧倒的なシェアを持つ。2020年代に入ってからの年間設備投資額は3〜4兆円規模、ピーク年には約5兆円(約360億ドル)に達したとの試算もある。

結果として、“世界の脳みそ工場”としての地位を確立した。

韓国:サムスン・SK hynixというメモリの両巨頭

韓国はサムスン電子とSK hynixという2社でメモリ市場のかなりの部分を押さえている。DRAM、NANDともに世界トップクラスで、AI向けに需要が急増しているHBM(高帯域メモリ)でも、韓国勢が主導権を握っている。

メモリは市況変動の激しい「体力勝負」の産業だが、韓国勢は何度もの不況局面を耐え抜き、結果としてライバルを市場から退場させてきた。ここまでくると、価格競争すら「寡占企業のゲーム」になっている。

中国:先端は封じられつつも、“量と成熟ノード”で存在感

中国は、米国による輸出規制により、EUV露光装置などの最先端装置を事実上入手できない。

そのため、最先端の7nm以下プロセスでは苦戦しているが、一方で車載・産業機器向けなど、**28nm〜45nm級の成熟ノードでは急速に勢力を伸ばしつつある。**自国市場の大きさと大量の補助金を背景に、「量」と「ローカル性」を武器にした戦略を取りつつあるのが現状だ。


日本はなぜ「完成品チップ」で負けたのか

技術ではなく、“構造と意思決定”で敗れた

1980年代、日本は世界半導体市場で約40〜50%のシェアを握っていた。NEC、東芝、日立、富士通といった総合電機メーカーが、ロジックからメモリまで幅広く製品を持っていた時代である。

この優位は、なぜ失われたのか。

「技術力で負けた」というよりも、産業構造と経営の意思決定で負けたと言ったほうが実態に近い。

1. 設備投資競争から途中で降りてしまった

最先端プロセスの半導体工場(ファブ)は、今や1拠点で1〜3兆円規模の投資が必要だ。さらに、それを数年おきにアップデートする必要がある。

TSMCやサムスンは、こうした巨額投資を10年以上にわたって継続してきた。TSMCの設備投資は2022年には約360億ドルに達し、その後も30〜40億ドル台を維持している。

一方、日本の総合電機は、

というパターンをたどった。

「景気の波に合わせて守りに入る」——この日本型の財務健全性が、

「景気が悪くても投資を止めないライバル」との競争では逆に弱点になってしまった。

2. 意思決定のスピードが、半導体産業の時計と合わなかった

半導体は、世代交代のスピードが速い産業だ。

プロセス世代は数年で切り替わり、技術・設備・顧客構成も一気に変わる。

ところが日本の大企業は、

といった「日本型組織文化」を背負っており、

ここが決定的なスピード差となった。

半年単位で技術と投資を決めていく産業に対し、

「数年単位で慎重に検討する」スタイルでは勝ち目がなかった。

3. 世界市場を見切れなかった

TSMCもサムスンも、最初から世界市場で勝つ”ことを前提に設計されていた企業だ。

ビジネスモデルの起点が「グローバル」だった。

一方、日本の半導体は、長く「日本市場+一部輸出」という構造に留まり、世界のテック企業との関係作りや“ファウンドリとしての位置づけ”に乗り遅れた。設計と製造を分離するビジネスモデルへの移行も遅れたと指摘されている。


それでも日本は「縁の下の主役」だ

世界は日本の装置と材料なしでは最先端に進めない

こうして「完成品チップの主役」の座は、台湾・韓国・米国に移ってしまった。

しかし、日本はそこで完全に敗退したわけではない。むしろ、より目立たないが極めて重要なポジションに移行したと言える。

前述の通り、日本企業は

という圧倒的なプレゼンスを持つ。

さらに、EUV露光装置を独占するASMLでさえ、その内部に使われる光学部品や高純度素材などで、日本企業に強く依存している。ASMLはEUV市場でほぼ100%のシェアを持つ単独サプライヤーであり、その出荷能力は年50台前後が限界とされる。

つまり、「ASMLが世界の最先端を握り、そのASMLの足元を日本の部材・装置が支えている」という構図になっている。

この意味で、日本は**表舞台のスターではないが、

舞台装置と照明と楽器をほぼ一手に引き受ける“劇場の裏方”**のような存在だ。


では、日本から“100兆円企業”はもう生まれないのか

カギは「統合」と「国家プロジェクト」そして「スタートアップ」

ここまでを見ると、**「日本は裏方として食っていくしかないのか」**という諦めにもつながりかねない。しかし、必ずしもそうではない。裏方としての強さを“束ねて表舞台に立たせることができれば、

日本から再び「時価総額100兆円級」の企業を生み出す可能性は十分にある。

ポイントは大きく4つだ。


1. 「要素技術」を束ねる“日本版ASML / 日本版TSMC”の構想

日本はすでに、装置・材料・検査・光学など、**半導体の要素技術を多数握っている。**しかしそれぞれは、別々の企業として上場し、それぞれの株主・経営判断のもとで動いている。

結果として、「全体としての最適化」よりも「個社の最適化」が優先されがちだ。

こうした企業群を、**“日本版ASML”あるいは“日本版TSMC”に相当する

統合プラットフォームとして束ねられるかどうか**が、中長期的には大きなテーマになる。

必ずしもM&Aで一社にまとめる必要はない。

共同でR&Dセンターや「仮想的な統合企業」のような枠組みをつくる方法もある。

重要なのは、世界戦略を描ける“顔”を日本側が持てるかどうかだ。


2. 「国家プロジェクト」としての覚悟:10兆円規模の継続投資

台湾や韓国、そして米国のCHIPS法を見ると、半導体は「国家産業」そのものとして扱われている。

日本もRapidusやTSMC熊本、マイクロン広島などに対して巨額の補助金を投じ始めているが、これはまだ「再起動の入り口」に過ぎない。**年あたり10兆円規模の産業全体支援を、

少なくとも5〜10年続ける覚悟があるか。**ここが、100兆円企業を本気で生むつもりがあるかどうかの分水嶺になる。


3. 人材と拠点を“一点集中”させる:日本版「半導体・AIシティ」

TSMCは新竹サイエンスパーク、韓国は京畿道・平沢一帯、米国はシリコンバレーやオレゴンなど、人材と企業と研究機関を「地理的に固める」発想を徹底してきた。

日本は優秀な技術者を各社・各地域に分散させたまま、1箇所に集約して大きなクラスターをつくる動きが弱かった。

Rapidusが北海道・千歳エリア、TSMCが熊本での拠点形成を進めているのは、その意味で重要な一歩だ。

というような“日本版半導体シティ”を、国土レベルの設計図として描けるかどうかが問われる。


4. 「スタートアップを大企業に育てる制度」への転換

最後に、スタートアップの問題がある。

現在の日本市場では、

この構造のままでは「数十兆・百兆円企業」を内生的に生み出すのは難しい。

必要なのは、

といった、産業政策と資本市場政策の両輪である。

AI・半導体・エネルギーといった「重い産業」で100兆円企業を生むなら、

スタートアップを「10年で10兆円級の企業に引き上げる」くらいの視野が必要だ。


「裏方として最強」から「表舞台に立つ巨大企業」へ

結局のところ、日本の半導体産業は——

-技術力ではまだ世界トップクラス-サプライチェーンの要所を握り続けている- それでも**“産業として束ねる仕組み”が弱い**という状態にある。

AIと半導体が、今後も世界経済の中枢であり続けることはほぼ確実だ。

電力・水・土地といった現実の資源を巡る争いも含めて、半導体はもはや「単なる一業種」ではなく、エネルギー・安全保障・都市計画と一体の巨大なシステムとなりつつある。

そのとき、日本が取れる選択肢は二つだ。

  1. 裏方として世界の半導体を支え続ける「縁の下の万能職人」に徹するか。

  2. 要素技術と人材を束ね、“日本版ASML/TSMC”級のプラットフォーム企業を本気でつくりにいくか。

100兆円規模の上場企業を複数生み出したい、というのであれば、

後者の道——すなわち

という、**かなり野心的な「再起動プラン」**を選ぶ必要がある。

日本には、まだそのための「素材」と「時間」が残っている。

問題は、それを本気で束ねる意思を持てるかどうか——

それが、次の10〜20年で問われることになる。

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