DRAMの歴史が教える、国家戦略に必要な覚悟
AI半導体を巡る熱狂が続いている。
生成AIの普及を背景に、GPUや先端ロジック、HBM(高帯域幅メモリ)への投資が世界規模で加速し、日本でも「半導体復活」「国家戦略」という言葉が頻繁に聞かれるようになった。
だが、この盛り上がりを冷静に見つめるためには、ひとつ重要な前提がある。半導体産業は、必ず波を打つ産業だという事実である。
これは悲観論でも、失敗予測でもない。
過去40年以上にわたる半導体史が、一貫して示してきた構造的現実だ。
半導体は「作れば作るほど儲かる」産業ではない
半導体産業を理解するうえで、まず押さえるべき点がある。
それは、半導体が極端な固定費産業だということだ。
最先端の半導体工場(ファブ)を1つ建てるには、数兆円規模の投資が必要になる。
しかも、その工場は一度建てたら簡単には止められない。
-
工場
-
製造装置
-
クリーンルーム
-
高度な人材
-
研究開発基盤
これらは、製品が売れても売れなくても、毎年コストとして発生する。
会計上は「減価償却」という形で、何年にも分けて費用化される。
つまり半導体企業は、**「売上が少し落ちただけで、利益が一気に吹き飛ぶ」**構造を常に抱えている。
なぜ半導体は必ず「波」を打つのか
半導体産業で周期的な好不況が起きる理由は、驚くほど単純だ。
需要は読めないが、供給は止められない
半導体需要は、
-
景気
-
技術トレンド
-
金利
-
地政学
-
新製品サイクル
といった要因で大きく変動する。
一方で供給能力は、工場投資という「数年がかりの意思決定」によって決まる。
そのため、こうした現象が繰り返される。
-
需要が伸びると見込んで、各社が一斉に設備投資
-
数年後、供給能力が同時に立ち上がる
-
その時点で需要が鈍化すると、一気に供給過剰
-
価格下落 → 稼働率低下 → 赤字拡大
この構造は、どんなに優秀な経営者がいても回避できない。
DRAMは「半導体サイクル」を最も分かりやすく示した
この構造を最も端的に示したのが、DRAM(記憶用半導体)の歴史だ。
DRAMは「成長産業の象徴」だった
1980年代から1990年代にかけて、DRAMはPCやサーバーの普及とともに急成長した。
日本企業は高い品質と技術力を背景に、世界市場で大きな存在感を持っていた。
当時の空気感を一言で言えば、**「DRAMは作れば作るほど売れる」**という楽観が広がっていた。
その結果、日米韓のメーカーが競って設備投資を拡大する。
価格が崩れた瞬間、何が起きたか
しかし、需要成長が一服すると状況は一変する。
-
供給能力はすでに増えている
-
工場は止められない
-
各社が価格を下げてでも売ろうとする
DRAM価格は急落し、利益構造は一気に悪化した。
ここで重要なのは、赤字の原因が「技術力不足」ではなかったという点だ。
-
稼働率低下
-
在庫評価損
-
減価償却負担
-
将来収益見通し悪化による減損
これらが会計上、一斉に噴き出した。
日本と韓国を分けたのは「赤字への耐性」
DRAMで明暗を分けた日本と韓国の違いは、しばしば技術や戦略の差として語られる。
しかし、より本質的だったのは赤字をどう扱えたかだ。
日本企業が直面した現実
日本企業は、DRAM不況期に
-
巨額の赤字
-
設備減損
-
財務悪化
に直面した。
しかし当時の日本では、
-
短期的な黒字重視
-
赤字=経営失敗という社会通念
-
銀行・株主の忍耐力不足
が重なり、事業継続の選択肢が狭まっていった。
結果として、多くの企業がDRAM事業から撤退する。
韓国企業はなぜ生き残れたのか
一方、韓国企業も赤字を免れたわけではない。
むしろ、不況期には日本以上の損失を出した年もある。
それでも事業を続けられた背景には、
-
金融機関による継続支援
-
国家産業としての位置づけ
-
「今は耐える時期」という社会的認識
があった。赤字は失敗ではなく、サイクルの一部という理解が、制度と世論に共有されていた。
DRAMの教訓は、AI半導体にもそのまま当てはまる
ここで話を現在に戻そう。
AI半導体は確かに新しい分野だ。
だが、産業構造はDRAMと驚くほど似ている。
-
巨額な先行設備投資
-
数年先を見越した需要予測
-
各社同時の増産
-
固定費の重さ
違うのは用途であって、構造ではない。
AI特需が一巡したとき、何が起きるか
将来、次のような変化が起きる可能性は十分にある。
-
クラウド各社の投資調整
-
モデルの効率化による計算需要の伸び鈍化
-
景気後退
-
技術世代の切り替わり
そのとき、DRAMと同じことが起きる。
稼働率低下
→ 在庫評価損
→ 減損
→ 決算上、兆円単位の赤字
ここで強調しておきたいのは、それが異常事態ではないという点だ。
問われるのは「国と社会の覚悟」
AI半導体投資を国家戦略として進めるなら、
本当に問われるのは次の点である。
株主の覚悟
-
半導体は単年度決算で評価できない
-
不況期の赤字を理由に経営を断罪しない
会計・税制の覚悟
-
減損や評価損は「無駄」ではなく構造的必然
-
不況期の損失処理を前提にした制度設計
国民の覚悟
-
「兆円赤字=失敗」という短絡的理解を超えられるか
-
半導体をインフラ産業として見られるか
半導体をやるとは、「冬を引き受ける」ことだ
DRAMの歴史が教えてくれる最大の教訓は明快だ。**半導体産業で重要なのは、
好況期に儲けることではなく、
不況期に死なないこと**AI半導体でも、必ず冬は来る。
そのときに「想定外だ」「失敗だ」と騒ぐのであれば、
最初から国家戦略など掲げるべきではない。
いま必要なのは、波を前提にした覚悟と制度である。
DRAMで日本が失ったのは、技術ではない。時間軸を持って産業を支えるという覚悟だった。
AI半導体では、その問いが、より大きな形で突きつけられている。