東芝はAI銘柄になれたのか

東芝はAI銘柄になれたのか

はじめに——AI時代に必要なものは何か

いま世界中で話題になっているAI(人工知能)。ChatGPTのようなサービスを動かすには、裏側に巨大なインフラが必要だ。具体的には三つある。

一つ目は計算能力。AIは膨大な量の計算をこなすので、高性能な半導体チップが欠かせない。

二つ目はメモリ。AIが扱うデータは途方もなく大きいので、それを一時的に保存しておくメモリも大量に必要になる。

三つ目は電力。AIを動かすデータセンター(大規模なコンピュータ施設)は、とにかく電気を食う。一つの施設で小さな町ひとつ分の電力を使うこともある。

つまり、AI時代のインフラ企業に必要なのは「半導体」「メモリ」「電力」の三本柱だ。

実は日本に、かつてこの三つをすべて持っていた会社があった。東芝である。もし歴史がほんの少し違っていたら、東芝は今ごろ「AIインフラ銘柄」ともてはやされていたかもしれない。しかし現実は、まったく違う方向に進んでしまった。

原発に賭けた東芝

2006年、東芝はアメリカの原子力企業Westinghouse(ウェスティングハウス)を約54億ドル(当時のレートで約6000億円)で買収した。

当時は「原子力ルネサンス」と呼ばれた時代で、地球温暖化対策として原発が世界中で見直されていた。新しい原発がどんどん建つだろうと、多くの人が期待していたのだ。東芝の狙いはシンプルで、Westinghouseを手に入れて世界最大の原発企業になることだった。

原発は一基あたり数千億円という巨大ビジネスだ。建設には10年以上かかるが、完成すれば何十年にもわたって安定した収益を生む。経営陣から見れば、非常に魅力的な投資に映っただろう。

ところが、ここから東芝の歯車が狂い始める。

原発ビジネスの落とし穴

原発というのは、普通のモノづくりとはまるで違うビジネスだ。政治や規制が深く絡み、建設には何年もの遅延がつきものだし、投資額も桁違いに大きい。

なかでも決定的だったのが、契約の形態だ。原発建設では「固定価格契約(EPC契約)」と呼ばれる方式が使われていた。これは、最初に決めた金額で工事を完成させるという約束のことだ。たとえ途中で設計が変わっても、資材の値段が上がっても、工期が延びても、追加のコストはすべて施工する側——つまり東芝側——が負担しなければならない。

普通の家の建築でも、予算オーバーはよくある話だ。それが原発という巨大プロジェクトになれば、コストが膨れ上がるリスクは計り知れない。この契約形態が、のちに東芝にとって致命傷となる。

Stone & Websterという「爆弾」

2015年、東芝の子会社であるWestinghouseは、Stone & Webster(ストーン・アンド・ウェブスター)というアメリカの原発建設会社を買収した。この会社はアメリカ国内の二つの原発プロジェクト——ジョージア州の「Vogtle(ボーグル)」とサウスカロライナ州の「VC Summer(VCサマー)」——の実際の工事を担当していた。

問題は、この二つのプロジェクトがすでにボロボロだったことだ。設計変更が相次ぎ、工事は大幅に遅れ、コストは当初の見積もりから大きくかけ離れていた。つまりStone & Websterは、巨額の損失を抱えた「爆弾」のような会社だったのだ。

ではなぜ、そんな危険な会社を買ってしまったのか。

ここに日本企業によくある弱点が出たと言われている。買収する前に相手の会社を徹底的に調べる作業のことを「デューデリジェンス」と呼ぶが、この調査が不十分だった可能性が高い。海外のM&A(企業の合併・買収)では、契約の細かい条件、責任の分担、将来発生しうるコストまで、弁護士や会計士のチームが何カ月もかけて洗い出すのが常識だ。

しかし日本の企業文化では、取引先との関係は「信頼」がベースになっていることが多い。契約書の一字一句を詰めるよりも、「お互い誠意を持ってやりましょう」という暗黙の了解で進めてきた歴史がある。一方、アメリカのビジネスは契約と訴訟の世界だ。書かれていないことは存在しないのと同じで、問題が起きれば即座に法廷で争うことになる。

東芝のWestinghouse問題は、まさにこの文化の違いに足をすくわれた形だった。

7000億円の損失、そして崩壊

Stone & Websterの買収後、原発建設の損失が次々と明るみに出た。2016年、東芝は7000億円を超える巨額の減損(資産の価値が大きく下がったことを会計上認めること)を発表する。

この金額がどれほどのものか、少しイメージしてみてほしい。東芝のような大企業でも、年間の純利益はせいぜい数百億から数千億円だ。7000億円の損失というのは、何年分もの利益が一瞬で吹き飛ぶような規模である。

ここから東芝は坂道を転がり落ちるように追い詰められていく。Westinghouseは経営破綻し、東芝本体も債務超過(会社の負債が資産を上回ってしまう状態)に陥った。株式市場では上場廃止の危機がささやかれ、投資ファンドとの激しい対立も起きた。

虎の子のメモリを手放す

窮地に立たされた東芝が、最終的に売却に踏み切ったのが「NANDフラッシュメモリ事業」だった。

NANDフラッシュメモリとは、スマートフォンやパソコン、USBメモリなどに使われている記憶用の半導体チップのことだ。電源を切ってもデータが消えないのが特徴で、私たちが日常的に使っているデジタル機器のほとんどに入っている、現代社会を支える基幹部品の一つである。

東芝のメモリ事業は世界トップクラスの技術力を誇り、まさに「虎の子」と呼べる存在だった。しかし経営危機で今すぐ現金が必要になった東芝は、2018年にこの事業を約2兆円で売却する。売却先が設立した新会社が、現在の「キオクシア」だ。

危機に陥った企業は、目の前の資金繰りを優先するあまり、一番価値のある資産から手放してしまうことが多い。東芝のメモリ売却は、まさにその典型だった。

そしてAI時代がやってきた

東芝がメモリ事業を売却してから数年後、世界はAIブームに突入する。2022年末にChatGPTが登場し、生成AI(文章や画像を自動でつくるAI)が一気に社会に広がった。

AIを動かすデータセンターでは、高性能な計算チップ(GPU)とともに、大量のメモリが必要になる。AIモデルそのものが巨大なうえ、学習に使うデータも膨大だからだ。NANDフラッシュメモリもDRAM(データを高速で読み書きできるメモリ)も、AI時代の重要部品として需要が急増し、メモリ企業の株価は大きく上昇した。

東芝が手放した事業は、まさに成長産業のど真ん中だったのだ。

そして原発も同じ道をたどっている。AIを支えるデータセンターは膨大な電力を消費するが、太陽光や風力といった再生可能エネルギーだけでは到底まかなえない規模の需要が生まれている。そこで世界中で原子力発電の再評価が進んでいるのだ。アメリカではIT大手が原発の電力を直接買い取る契約を結び始め、ヨーロッパでも原発回帰の動きが広がっている。日本でも原発の再稼働が加速しつつある。

皮肉なことに、東芝を破綻寸前まで追い込んだWestinghouseは、いま再び戦略的に重要な企業として注目を集めている。さらに最近では、日米の経済協力の一環として、原子力分野への日本からの対米投資が政府レベルで議論されるようになった。つまり、東芝をどん底に突き落とした事業に、今度は日本政府が投資するかもしれないという話である。なかなかの皮肉だ。

東芝は「AIインフラ企業」になれたかもしれない

こうして振り返ると、なんとも奇妙な絵が浮かび上がる。

もし東芝がメモリ半導体と原子力の両方を持ち続けていたら——それはまさに「AIインフラ企業」そのものだった。AIの計算にはメモリが要り、AIのデータセンターには電力が要る。東芝がかつて持っていた二つの事業は、どちらもいまのAI時代に欠かせないピースだったのだ。

しかし現実には、東芝は原発で巨額の損失を出し、買収時の調査不足でつまずき、虎の子の半導体を売り、経営は混乱し、最終的には上場廃止(株式市場から退場すること)という道をたどった。

日本企業にはよくあるパターンだと言われる。目の前の危機を乗り越えるために未来の成長資産を手放し、数年後にその産業が大きく花開くのを横目で見ることになる——東芝の半導体売却は、その最も象徴的な事例かもしれない。

いくつもの皮肉

この物語には、いくつもの皮肉が重なっている。

東芝が売った半導体は、AI時代のインフラになった。東芝が失敗した原発は、AIの電力源として再評価されている。そして日本政府は今、その原発分野に投資しようとしている。東芝が持っていた二つの事業は、どちらもAI時代のど真ん中だった。

もしWestinghouse問題が起きなかったら。買収前の調査がもう少し慎重だったら。半導体を売らずに済んでいたら。そんな歴史だったなら、東芝はいま「AIインフラ企業」として語られていたかもしれない。

そう考えると、これは単なる経営の失敗談というより、少しだけ残念な歴史の分岐点の話に見えてくる。

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