ARM、Tesla、OpenAI、SpaceX。シリコンバレーで巨大なプロダクトを作ってきた起業家に SF ファンが多いことは、業界ではよく知られています。アイアンマンのスーツ、スタートレックの通信機、ニューロマンサーのネット空間。彼らが「突飛」と呼ばれるアイデアを本気で追えるのは、その世界をすでに頭の中で見てきているからです。新しい概念は、見たことがある人にとっては「ついにここまで来たか」であり、見たことがない人にとっては「そんなものが必要なのか」になります。この違いが、どこから生まれるのかを書きます。
全く新しい概念のサービスやアイデアが登場したとき、それを見て「既存の○○と何が違うの?」「結局△△の焼き直しでは?」という比較ばかりしている人を見かけることがあります。
しかし、本当に新しい概念は、多くの人にとってすぐには理解できません。なぜなら、それまで見たことがないものだからです。あるいは、その課題について真剣に考えた経験がないからです。
よく「馬車しか存在しない時代に、自動車を説明しても理解されない」と言われます。馬車しか知らない人にとっては、「馬なしでどうやって動くの?」「そんな速さは必要なの?」「燃料って何?」という発想になります。今ある知識や経験だけで考えると、新しい概念は既存の何かに当てはめて理解するしかないからです。
では、新しい概念をすぐに理解し、その応用まで考えられる人との違いは何なのでしょうか。
1 つ目は、同じ課題を長く考え続けてきた人です。こういう人は既存のツールを徹底的に使い込み、ときには自分でツールまで作りながら、常に「次の解決策」を探しています。そのため、新しい概念が現れたとき、「なぜこれが必要なのか」という背景を自然に理解できます。だから説明されなくても価値が伝わり、「まさにこれが欲しかった」と感じられるのです。
そして、もう 1 つ重要なのが、未来を疑似体験している人です。その代表が SF です。
SF は未来をフィクションとして描きます。読者や視聴者は、その世界を追体験することで、未来を一度頭の中で経験します。そのため、実際に似た技術が登場したとき、驚くのではなく「ついにここまで来たか」と自然に受け入れられるのです。
だから、新しい技術なのにどこか懐かしく感じることがあります。米国の IT 業界で活躍する起業家やエンジニアに SF ファンが多いのも、理由の 1 つだと思っています。彼らが実現しようとしている未来は、子どもの頃から SF で何度も見てきた世界です。一見すると飛躍したアイデアや発言に見えても、本人にとっては、その未来へ向かうための着実な一歩にすぎません。
そして、未来に触れる方法は SF だけではありません。大学院や研究機関では、10 年後、20 年後、ときには 30 年後に実用化されるかもしれない技術が研究されています。現在は性能が低く、デモも粗く、実用性がないように見えるものでも、技術の進歩とともに磨かれ、やがて社会に普及し、「未来」と呼ばれるものになっていきます。研究に触れるということは、その未来を少しだけ先に見せてもらうことでもあります。
未来を見るというのは、未来を正確に予測することではありません。「こういう世界もあり得る」「こういう技術が実現するかもしれない」という可能性を、自分の頭の中に増やしていくことです。その経験がある人は、新しい概念が現れたときに、「そんなものは必要ない」と否定するのではなく、「これが実現すると何が変わるだろう」と考えられます。
未来を創る人たちは、突然未来を思いつくのではありません。SF で未来を体験し、研究で未来の種に触れ、そこから現実へと少しずつ橋を架けていくのです。
だからこそ、SF や大学、研究機関に触れることは、単に知識を増やすための営みではありません。自分の頭の中に未来の選択肢を増やし、それを現実へつなげる力を育てるための訓練なのです。






