なぜSFや研究に触れることが重要なのか

なぜSFや研究に触れることが重要なのか

全く新しい概念のサービスやアイデアが登場したとき、それを見て「既存の○○と何が違うの?」「結局△△の焼き直しでは?」という比較ばかりしている人を見かけることがあります。

しかし、本当に新しい概念は、多くの人にとってすぐには理解できません。なぜなら、それまで見たことがないものだからです。あるいは、その課題について真剣に考えた経験がないからです。

よく「馬車しか存在しない時代に、自動車を説明しても理解されない」と言われます。

馬車しか知らない人にとっては、「馬なしでどうやって動くの?」「そんな速さは必要なの?」「燃料って何?」という発想になります。今ある知識や経験だけで考えると、新しい概念は既存の何かに当てはめて理解するしかないからです。

では、新しい概念をすぐに理解し、その応用まで考えられる人との違いは何なのでしょうか。

1つ目は、同じ課題を長く考え続けてきた人です。

こういう人は既存のツールを徹底的に使い込み、ときには自分でツールまで作りながら、常に「次の解決策」を探しています。そのため、新しい概念が現れたとき、「なぜこれが必要なのか」という背景を自然に理解できます。だから説明されなくても価値が伝わり、「まさにこれが欲しかった」と感じられるのです。

そして、もう1つ重要なのが、未来を疑似体験している人です。

その代表がSFです。

SFは未来をフィクションとして描きます。読者や視聴者は、その世界を追体験することで、未来を一度頭の中で経験します。そのため、実際に似た技術が登場したとき、「こんなもの見たことがない」とはならず、「ついにここまで来たか」と自然に受け入れられるのです。

だから、新しい技術なのにどこか懐かしく感じることがあります。

米国のIT業界で活躍する起業家やエンジニアにSFファンが多いのも、理由の1つだと思っています。

彼らが実現しようとしている未来は、子どもの頃からSFで何度も見てきた世界です。一見すると飛躍したアイデアや発言に見えても、本人にとっては、その未来へ向かうための着実な一歩にすぎません。

そして、未来に触れる方法はSFだけではありません。

大学院や研究機関では、10年後、20年後、ときには30年後に実用化されるかもしれない技術が研究されています。現在は性能が低く、デモも粗く、実用性がないように見えるものでも、技術の進歩とともに磨かれ、やがて社会に普及し、「未来」と呼ばれるものになっていきます。

研究に触れるということは、その未来を少しだけ先に見せてもらうことでもあります。

だから私は、SFや大学、研究機関に触れることはとても重要だと思っています。

未来を見るというのは、未来を正確に予測することではありません。

「こういう世界もあり得る」「こういう技術が実現するかもしれない」という可能性を、自分の頭の中に増やしていくことです。

その経験がある人は、新しい概念が現れたときに、「そんなものは必要ない」と否定するのではなく、「これが実現すると何が変わるだろう」と考えられます。

未来を創る人たちは、突然未来を思いつくのではありません。

SFで未来を体験し、研究で未来の種に触れ、そこから現実へと少しずつ橋を架けていくのです。

だからこそ、SFや大学、研究機関に触れることは、単に知識を増やすためではありません。未来を見る力を育てるために、とても重要なのです。

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