建物を引き渡すとき、現場では表を作ります。できたところを並べた表ではなく、まだ残っているところを並べた表です。
壁紙の継ぎ目、建具の当たり、塗り残し。一つずつ場所と内容を書いて、直ったら消していきます。できているところは、歩いて見れば分かります。表にする価値があるのは、目で拾いにくい残りのほうです。
この表が無いと、引き渡しは順調に終わります。順調に終わって、住み始めてから一つずつ見つかります。そのとき直すのは、足場が外れて、職人が別の現場に移ったあとです。
できたことの報告は自然に出てきて、できていないことの報告は仕組みで作らないと出てきません。
README の話が出てこない
ターミナルで動く AI に三つ頼みました。MulmoTerminal は AI を何枚ものマスに並べて見張るための画面で、一マスが一体の AI にあたります。無料で、オープンソースとして公開されています。
ヘッダーのバグを直す。テストを足す。README を更新する。
二十分後、マスの枠が緑になっています。開くと、最後にこう書いてあります。
ヘッダーの重複を修正し、テストを追加しました。
README の話が出てきません。上に遡ると、README を開こうとして権限のエラーが出て、そのあと別の作業に移っていました。でも最後の行には書いてありません。
AI は、できなかったことを言わない
これは嘘をついているのではありません。できたことの報告で返答が終わるのが自然だからです。
人間も同じです。三つ頼まれて二つ終わったら、これとこれをやりましたと報告します。違うのは、人間は聞かれれば残りを言うことです。AI の場合、その会話はもう終わっているので、聞く機会がありません。
引き渡しの表を作らないまま、順調に終わったのと同じ状態です。
並列でやっていると、これが一番高くつく
一体だけ動かしているなら、その場で気づきます。画面を見ているので、権限のエラーも見えています。
九体動かしていると、見えません。一体が二十分作業するあいだ、こちらは別のマスを見ています。戻ってきて見えているのは最後の数十行です。
九枚のマスが全部できましたと言っている。実は三枚が半分しかできていない。
これが見えないまま次に進むと、あとでまとめて破綻します。住み始めてから見つかるのと同じ順番です。
だから、最後に必ず書かせる
MulmoTerminal は、起動する会話すべてに指示を一つ足しています。返信の最後に、何を頼まれたか、何ができたか、何ができていないかの三点を書くように、という指示です。
三つ目が効きます。上の二つは他の手段でも分かるので。
何を頼まれたかは、自分が書いたので思い出せます。何ができたかは、出力を読めば分かります。長いですが分かります。何ができていないかは、どこにも書いていません。
引き渡しの表と同じ配分です。
既定で有効になっている
これは既定で入っていて、切ることもできます。
既定で入れている理由は、上の構図だと思います。並列で使う道具なので、放置時間があるのが前提です。放置して戻ってきたときに結局どうなったかが読めないと、並列の意味が半分なくなります。
切っても、何も壊れない
切るときに安心できる点があります。切っても MulmoTerminal の機能は何も欠けません。
このまとめの中身をアプリが読んでいる箇所は無く、一覧や通知に出る最後の返信が、まとめではなく素の末尾になるだけです。アプリがこのまとめを解析して機能に使っていたら、切った瞬間に別のものが壊れます。そうなっていません。
ただし逆の見方もできます。一覧とスマホの通知に出るのは、まとめの冒頭です。切ると、そのマスが何をしたかが読みにくくなります。
有効のままにする価値は、マスの中ではなく一覧と通知にあるということになります。
反映のタイミングに一つ注意
切っても、動いている会話はそのままです。この指示は会話を始めるときに一度渡すものなので、途中で変えられません。
確かめるには、マスを一度閉じて開き直します。
プロジェクトごとに変えられる
全体で切るだけでなく、プロジェクトごとにも設定できます。そちらが優先されます。
これが実際的です。切りたくなる場面があるので。
一体しか動かしていないプロジェクトでは、目の前で見ているのでまとめは冗長です。短いやりとりを繰り返すプロジェクトでは、一往復ごとに付くと出力が倍になります。返答をそのまま他に貼るプロジェクトでは、まとめが混ざると邪魔です。
並列で多数を回す以外の使い方をしているときです。そういうプロジェクトだけ切るのが実際的です。
文面は変えられない
三点固定です。自分の文面に差し替える設定はありません。
不便に見えますが、利点もあります。九枚のマスのまとめが全部同じ形なので、見比べられます。できていないことの行だけ順に読めば、九枚のうちどれが引っかかっているかが分かります。
現場の残工事表も、書式が決まっているから並べて読めます。
使ってみる
MulmoTerminal は、次の一行で立ち上がります。ターミナル(Windows なら PowerShell、Mac ならターミナル)を開いて、そのまま貼り付けます。
npx mulmoterminal@latest
ブラウザが開いて http://localhost:34567 が表示されれば成功です。インストールという作業はなく、合わなければ閉じるだけで終わります。止めるときは、打ったターミナルで Ctrl + C を押します。
動かない場合、足りないものは次の二つのどちらかです。
| 確かめ方 | 無ければ | |
|---|---|---|
| Node.js 22.12 以上 | node -v |
nodejs.org/ja/download の LTS。入れたらターミナルを閉じて開き直す |
| Claude Code | claude --version |
macOS は curl -fsSL https://claude.ai/install.sh | bash、Windows は irm https://claude.ai/install.ps1 | iex。そのあと claude でログイン |
Claude Code は、AI をターミナルから使うためのコマンドです。使うには Claude の有料プラン(Pro / Max / Team / Enterprise)か API のアカウントが必要で、無料プランには含まれていません。MulmoTerminal 自体は無料で、AI の使用量はその契約から引かれます。
この設定は、書かなければ入っています。何もしなくても効いているので、入れる操作はありません。
書く場所は ~/.mulmoterminal/config.json か、プロジェクトの .mulmoterminal.json です。そちらが優先されます。下は切るときの書き方です。
{
"appendSystemPrompt": false
}
効くのは次に開くマスからです。いま動いている会話はそのままです。
既定では入っているので、何か頼んで返答の最後に頼まれたこと、できたこと、できていないことが出ていれば動いています。
頼まれたこと: ヘッダーの修正、テストの追加、README の更新
できたこと: ヘッダーを修正、テストを追加
できていないこと: README は権限のエラーで開けませんでした
三行目が見えるかどうかで、次にやることが変わります。
切ったあとで戻したくなったら、その行を消すか true にします。切っても機能は何も欠けません。一覧と通知に出る文が変わるだけです。
まとめ
建物の引き渡しで表にするのは、できたところではなく残っているところです。できたところは見れば分かるからで、目で拾いにくいほうを仕組みで拾います。
AI も、できたことの報告で返答を終えます。九体動かしていると、その最後の数十行しか見ないので、半分できていないことに気づけません。
MulmoTerminal は、返信の最後に三点を書かせる指示を既定で足しています。効いているのは三つ目で、そこだけは他の手段では分かりません。
