会議で決めたことは、次の会議で蒸し返されます。出席者が入れ替わるからでもありますし、同じ人が忘れているからでもあります。
それで人は議事録を作りました。日付と、議題と、決まったこと。読めば、もう一度その議論をしなくて済みます。
議事録には、書かないことも決まっています。あの人はいつも慎重だ、あの部署は新しい道具を嫌う、といった印象は書きません。読めばもっともらしく、そして外れていることがあるからです。外れた印象が記録に残ると、次の議論がそこから始まってしまいます。
決まったことだけを残して、人柄の推測は残さない。この線引きのほうが、議事録という発明の本体かもしれません。
三週間で四回
ターミナルで動く AI に、先週こう聞かれました。テストは vitest にしますか、node の標準のものにしますか。
答えました。今週、別の作業を頼んだら、また聞かれました。来週も聞かれます。
MulmoTerminal は AI を何枚ものマスに並べて見張るための画面で、一マスが一体の AI にあたります。無料で、オープンソースとして公開されています。
会話は閉じると終わる
理由は単純です。AI との会話は閉じると終わって、次は新しい会話から始まります。前の会話で決めたことを、次の会話は知りません。
人間なら覚えていることです。一週間前に vitest でと言った相手が、また同じことを聞いてきたら変に思います。でも新しい会話は、前の会話を見ていません。
会議の議事録が無い状態と、同じことが起きています。
書いておけばいい、はうまくいかない
プロジェクトのメモに書いておけばいいと思います。実際やってみると、続きません。
決めた瞬間は、メモを開く気になりません。その決定があとでまた聞かれるものだと、そのときは分からないからです。
三回目に聞かれたときに、前も聞かれたと気づきます。そこで書き始めますが、そこまでの二回分は残っていません。
聞かれた質問と答えを、自動で貯める
MulmoTerminal には、これを自動でやる設定があります。
そのプロジェクトの会話が実際に人に聞いた質問と、どれが選ばれたかを記録しておいて、似たことを聞く前に読ませます。
貯める先はパソコンの中の決まった場所で、プロジェクトの中には書きません。これは意図的だと思います。誰が何を答えたかはそのパソコンの持ち主の履歴なので、チームで共有するものではありません。
事実だけ書いて、傾向は書かない
この機能で一番考えられているのがここです。中身は日付つきの事実だけで、推論した規則は書きません。
書くのは、十月三日に A と B を聞いて A が選ばれた、という形です。書かないのは、この人は A 系を好む、という形です。
理由が明快で、この人はいつも推奨案を選ぶといったものは、それらしく読めてしまううえに間違っていることがあり、間違った学習が黙って効くのが一番まずいからです。
これは実感としてよく分かります。この人はいつも推奨案を選ぶが記録に入っていると、AI はそれを前提に動き始めます。聞き直さないので、間違っていることに気づけません。気づくのは、間違った前提で作られたものを見たときです。
事実だけ渡せば、判断はその場でされます。間違った前提が固定されません。
さらに、読む側にもその旨が明記されます。これは事実の記録で規則ではないと、AI に伝えている形です。議事録に人柄を書かないのと同じ線引きです。
選択肢を選ばなかった答えに、むしろ価値がある
もう一つ鋭い点があります。どの選択肢も選ばず自分で書いた回答も残します。
むしろそちらが読む価値のある記録です。質問そのものが的外れだった、という事実なので。
A か B かと聞かれて C ですと答えたとき、記録すべきなのは C が選ばれたではなく、A も B も的を外していたという情報です。次に同じ領域で質問を組み立てるとき、これを読んでいれば選択肢の作り方が変わります。
既定で無効。理由も書いてある
既定は切ってあります。まだ構想の段階のもので、放っておけば存在しないファイルを書くからです。
構想の段階と書いてあるのは、まだ効果が確かめられていないという意味でしょう。存在しないファイルを書くのは、使わない人のパソコンに記録用のフォルダが増えるという話です。使わない機能がファイルを作らないという原則が守られています。
AI の道具は増えるのが速いので、入れただけで勝手にファイルが増えるのは気になるところです。そこが明示されているのは助かります。
更新は六時間ごと
貯めるのは、アプリを起動したときと六時間ごとです。
質問はそんなに頻繁に起きないので、一日四回まとめ直せば、朝に決めたことは昼の会話が読めます。
即時にしていないのは、まとめる処理が会話の記録を走査するものなので、質問一つごとに走らせるほどの価値がないからでしょう。
スキルとして読むので、毎回のコストにならない
読み方も工夫されています。会話の最初に埋め込むのではなく、スキルとして読みます。スキルというのは、AI が必要だと判断したときだけ読みに行く手順書のようなものです。
だから、必要なときだけ読まれて、毎回のやりとりには乗りません。AI がこれは聞く前に確認すべきことだと判断したときに読みます。
記録が長くなっても、毎回の使用量が増えません。これは実用上けっこう大事です。決定の記録は貯まるほど長くなるので、毎回渡していたらそのまま使用量に跳ね返ります。
使ってみる
MulmoTerminal は、次の一行で立ち上がります。ターミナル(Windows なら PowerShell、Mac ならターミナル)を開いて、そのまま貼り付けます。
npx mulmoterminal@latest
ブラウザが開いて http://localhost:34567 が表示されれば成功です。インストールという作業はなく、合わなければ閉じるだけで終わります。止めるときは、打ったターミナルで Ctrl + C を押します。
動かない場合、足りないものは次の二つのどちらかです。
| 確かめ方 | 無ければ | |
|---|---|---|
| Node.js 22.12 以上 | node -v |
nodejs.org/ja/download の LTS。入れたらターミナルを閉じて開き直す |
| Claude Code | claude --version |
macOS は curl -fsSL https://claude.ai/install.sh | bash、Windows は irm https://claude.ai/install.ps1 | iex。そのあと claude でログイン |
Claude Code は、AI をターミナルから使うためのコマンドです。使うには Claude の有料プラン(Pro / Max / Team / Enterprise)か API のアカウントが必要で、無料プランには含まれていません。MulmoTerminal 自体は無料で、AI の使用量はその契約から引かれます。
書く場所は ~/.mulmoterminal/config.json です。無ければ作ります。設定画面の Sessions and background tasks のチェックでも変えられます。
{
"decisionDigest": true
}
この設定は起動時に一度だけ読まれるので、アプリを再起動してタブを再読み込みします。
~/.mulmoterminal/decisions/ にファイルができていれば成功です。起動時と六時間ごとにまとまります。
中身はこういう形です。
# このプロジェクトで実際に聞かれた質問と、選ばれた答え
これは記録であって、規則ではありません。
日付つきの事実だけを書いています。傾向の推測は書きません。
## 2026-10-03
Q. テストは vitest と node の標準のどちらにしますか?
1. vitest — 既存の設定を使える
2. node:test — 依存が増えない
A. 1(vitest)
## 2026-10-08
Q. エラーの扱いは3案のどれにしますか?
1. 例外を投げる / 2. 結果型を返す / 3. ログだけ出す
A. 選択肢以外:「呼び出し側で決められるように両方出して」
最後の行が、この仕組みで一番価値のある記録です。どの選択肢も選ばれなかったということは、質問そのものが的を外していたという事実なので。
毎回のやりとりに乗るわけではなく、AI がこれは前に聞いたかもしれないと判断したときだけ読みに行きます。有効にして数日使ったあと、一度答えたのと似たことを新しい会話で頼んで、同じ質問をせずに進めば効いています。
やめるときは false にするか項目を消して、~/.mulmoterminal/decisions/ のフォルダを削除します。既定は入っていません。
まとめ
会議で決めたことは蒸し返されるので、人は議事録を作りました。そして議事録には、決まったことを書いて人柄の推測は書きません。外れた印象が残ると、次の議論がそこから始まってしまうからです。
AI との会話は閉じると終わるので、同じ質問が三週間で四回来ます。聞かれた質問と答えを貯めて、次の会話に読ませる設定があります。
中身は日付つきの事実だけで、この人はこういう傾向があるとは書きません。間違った前提が黙って効くのを避けるためです。どの選択肢も選ばれなかった記録が、いちばん価値があります。
