社内の長文バッチ処理を Claude Sonnet で回していたら API 請求が月数十万円に伸びていた、という場面を想像してください。同じ処理を 10 分の 1 のコストで、しかも必要ならローカルで動かす選択肢が、2025 年以降は本当に現実的になりました。中国系のオープンウェイト大規模言語モデルがそれを可能にしています。
2025 年 1 月、DeepSeek V3 と R1 が公開されたとき、米系 AI 業界に衝撃が走りました。
- 性能は GPT-4 / Claude 3.5 Sonnet と同等
- 学習コストは公称 557 万ドル(GPT-4 の 1/100 とも言われる)
- モデルの重みを MIT ライセンスで公開するオープンソース
- API 価格が OpenAI の 1/10 という推論コスト
Nasdaq が 1 日で 1 兆ドル下落し、Nvidia の時価総額が 6000 億ドル蒸発する騒ぎになりました。「中国の AI は 2 年遅れ」という常識が、たった 1 本のモデル公開で崩れた瞬間でした。
あれから 1 年半、本稿では 2026 年 10 月時点での中国系モデルの実力、Alibaba の Qwen を含めた位置づけ、米系との実運用での差、日本から使うときの選択肢と注意点を整理します。
DeepSeek — 2025-2026 年の軌跡
DeepSeek V3 / R1(2025 年 1 月)
- V3 は一般汎用モデルで、GPT-4 相当の性能を出した
- R1 は推論特化で、OpenAI の o1 に匹敵する「考える」挙動を見せる
- 両方ともモデル重みを公開しており、ローカルで動かせる(ただし 671B パラメータなので GPU クラスタが必要)
ここで衝撃だったのは、GPT-4 や Claude 3 のような閉じたフロンティアモデルと、ほぼ同性能のオープンウェイトモデルが無料で手に入ったことです。「数億円かけて fine-tune するなら、DeepSeek を蒸留する」という流れが生まれました。
DeepSeek V3.5 / R2(2025 年中盤〜後半)
- 画像入力に対応するマルチモーダル化
- コンテキスト窓を 128K から 256K へ拡張
- 推論速度の改善
GPT-5 や Claude Opus 5 が出てからはトップ性能に差がついたものの、性能と価格の比では依然として最強クラスを維持しています。
DeepSeek R2(2026 年前半、噂)
ベンチマークで GPT-5 / Claude Opus 5 に肉薄するとされますが、公開は執筆時点では未定です。
Qwen(Alibaba)— もう一つの中国系モデル
DeepSeek ほど派手な話題にはなっていませんが、Alibaba の Qwen シリーズも 2024-2026 年に大きく伸びました。
Qwen3 シリーズ(2025 年)
- Qwen3-72B は一般汎用
- Qwen3-Coder はコーディング特化
- Qwen3-VL はマルチモーダル(vision-language)
- Qwen3-Omni は音声・動画を含むオムニモーダル
モデルサイズのバリエーションの広さが特徴です。0.5B から 235B までが全てオープンウェイトで、ローカル実行の選択肢が広く取れます。
Qwen3 のコーディング性能
HumanEval / SWE-Bench で、Qwen3-Coder(235B)は Claude Sonnet 3.5 相当のスコアを出しています。しかもローカルで動かせます。GPU メモリ 48GB 程度の環境なら量子化版が動きます。
2026 年現在、「個人の M3 Max MacBook で Qwen3-Coder を動かし、Claude Code の代わりに使う」エンジニアも増えています。
米系モデルとの実運用での差
ベンチマークではなく、日本語の実運用で比べたときの体感を書きます。
日本語の自然さ
| 日本語の読み書き | |
|---|---|
| Claude Opus 5 / Sonnet 5 | ◎ 自然、慣用句も OK |
| GPT-5 | ◎ 自然 |
| Gemini 3 Pro | ○ 自然だが時々翻訳調 |
| DeepSeek V3.5 | ○ 以前より改善、ネイティブに近い |
| Qwen3 | △ 文脈は取るが、文体が若干中国語寄り |
日本語の商用クオリティでは、まだ米系が優勢です。ただし DeepSeek は 2025 年中に大きく改善しました。
コーディング性能
| Python / TypeScript | SWE-Bench | |
|---|---|---|
| Claude Opus 5 | ◎ | 70% 超 |
| GPT-5 | ◎ | 65% 超 |
| DeepSeek V3.5 | ○ | 55% |
| Qwen3-Coder | ○ | 50% |
シンプルなタスクなら中国系モデルで十分です。複雑な複数ファイル修正や、既存アーキテクチャに沿った実装では米系が依然リードしています。
推論コスト(API)
| 入力($/M) | 出力($/M) | |
|---|---|---|
| Claude Sonnet 5 | $3 | $15 |
| GPT-5 | $5 | $20 |
| DeepSeek V3.5 | $0.3 | $1.5 |
| Qwen3-Max | $0.5 | $2 |
価格には 10 倍の差がついています。長文の処理やバッチジョブでは、中国系モデルの経済性が決定的になります。
オープンウェイトであることの意味
1. ローカル実行できる
GPU さえあれば、API に依存せず動かせます。
- DeepSeek V3(671B)は A100/H100 × 8 枚程度
- Qwen3-32B は RTX 4090 × 2 枚程度
- Qwen3-7B は Mac M3 Max 1 台
2. ファインチューニングできる
企業の独自データで追加学習できます。GPT-5 や Claude には(API 経由で限定的な)fine-tune しか提供されていません。
3. データが外に出ない
ローカル実行なら、プロンプトも応答もネットワークに出ません。機密性の高い用途で選ばれます。
4. ベンダーロックインが弱い
Hugging Face からダウンロードした重みは、プロバイダに縛られません。API ベースのクローズドモデルとは根本的に違います。
日本から使うときの選択肢
1. API 経由で使う
- DeepSeek の公式 API は
platform.deepseek.comでクレカ登録して利用できます - Alibaba Cloud の Qwen API は
dashscope.aliyun.comから契約でき、日本からの契約も通ります - Together AI / Fireworks / Replicate を経由すれば、米国のホスティング越しに DeepSeek や Qwen を呼べます。データが中国に出ないので企業向きです
2. ローカルで動かす
- Ollama(ollama.com)は 1 行コマンドで Qwen / DeepSeek / Llama を落として実行できます
- LM Studio は GUI でモデルを選んで実行できます
- vLLM / TGI は GPU サーバ上での高性能ホスティングに向きます
Mac で手軽に試すなら:
brew install ollama
ollama run qwen3:7b
これで Qwen3 7B が動きます。コンテキスト 32K、普通の対話なら十分使えます。
3. Claude Code / Codex で中国モデルを呼ぶ
Claude Code や MulmoTerminal は、OpenAI 互換 API エンドポイントを設定することで、DeepSeek や Qwen の API を使えます。
// ~/.claude/providers.json
{
"deepseek": {
"apiEndpoint": "https://api.deepseek.com/v1",
"apiKey": "sk-...",
"models": ["deepseek-chat", "deepseek-coder"]
}
}
これで Claude Code のインタフェースから DeepSeek を呼べます。安く長文を書かせたい用途で便利です。
セキュリティ・コンプライアンス上の注意
企業で中国 AI を使う前に、以下を検討すべきです。
1. データの越境
DeepSeek や Qwen の公式 API を使うと、プロンプトは中国国内のサーバに送られます。
- 個人データ保護法(PIPL、2021 年施行)の対象になる
- 日本の個人情報保護法との整合性を取る必要がある
- 顧客との契約で「データを中国に送らない」条件がある場合、公式 API は使えない
対策としては、Together AI など米国系ホスティング経由で使うか、ローカル実行に切り替えます。
2. モデルの政治的バイアス
DeepSeek や Qwen は、天安門事件・台湾問題などに関して意図的に回答を避ける挙動があります。業務用途で問題になることは少ないものの、社会・政治を扱うコンテンツ生成では注意が必要です。
3. ライセンス
- DeepSeek は MIT ライセンスで、商用利用も問題ありません
- Qwen3 は Apache 2.0 ライセンスで、商用利用も問題ありません(サイズによって追加条項あり)
ライセンス自体は寛容ですが、モデルの出力に対する責任はユーザー側にあります。
4. 米国の輸出規制・規制のリスク
米国の AI 規制(EO 14110 や州法)との整合性、企業の輸出コンプライアンスとの関係もあります。特に金融・防衛・医療の企業では慎重に判断すべきです。
2026 年、どう付き合うか
個人エンジニアの立場
- 試してみる価値は十分あり、Ollama で
qwen3:7bを 10 分で起動できる - 本番は Claude / GPT を軸にしつつ、コスト重視の用途で DeepSeek / Qwen をバッチ処理に混ぜる
- ローカル実行の経験は、企業導入の場面で価値になる
企業の立場
- 本番でなくても、技術検証のレベルで触る検証プロジェクトを 1 本持つ
- データ越境のリスク分析を先にやる
- 米系との並行採用が現実的で、1 本に賭ける必要はない
日本の立場
- 日本発の LLM(ELYZA、Preferred、サイバーエージェントなど)もオープンウェイトを公開する動きが出てきているが、性能で中国系モデルに追いついていない
- 「中国系モデルを日本語で fine-tune する」路線が現実味を持つ
- 政策レベルでは、米中競争の中で日本がどう立ち位置を取るかが課題として残る
まとめ
- DeepSeek V3 / R1 ショック(2025 年 1 月)以降、中国系モデルは実運用レベルに到達した
- Qwen(Alibaba)もサイズのバリエーションで広く使われている
- 米系との差は、日本語の自然さは若干劣り、コーディング性能はほぼ互角から若干劣り、推論コストは 10 分の 1 に収まる
- オープンウェイトであることが米系に対する強みで、ローカル実行や fine-tune、ベンダー非依存を可能にしている
- 日本から使うときはデータ越境・政治的バイアス・ライセンス・輸出規制に注意する
- 2026 年の実践としては、米系を軸にコスト重視用途で中国系モデルを混ぜる
AI の勢力図は今後 2-3 年でさらに変わります。1 社に賭けず、複数プロバイダに触れておく習慣が重要です。
関連リンク
- Claude Code vs Codex vs Gemini CLI — 2026 年版比較
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- MulmoTerminal — Claude Code / Codex / Gemini CLI を並列実行
- 中島聡 YouTube — 米中 AI 競争・NVIDIA / DeepSeek 解説
Singularity Society はテクノロジー集団として MulmoClaude / MulmoTerminal / MulmoCast を開発しています。エンジニア・起業家向けの実践プログラム BootCamp も運営しています。
