そして、すべてはソフトウェアになった
私自身が自動車業界にソフトウェアを提供する仕事をしていることもあり、自動車業界が今後、どうなって行くのかを考える機会が多々あります。
業界では、自動運転、電気自動車、コネクティビティ、シェアリング・エコノミーの4つの大きな変化が起こっており、これは自動車業界にとってはチャンスであると同時にピンチであり、この変化を上手に乗り切ることができない企業は生き残れないと言われています。
ふだんそれほど自分が運転する自動車にこだわっていない私が、あえて Tesla の Model X を購入したのも、この変化を自ら体験したかったからです。一度 Tesla を持った人たちが、「これは走るコンピューターだ」「もう普通の車には戻れない」と絶賛する理由を知りたかったのです。
Model X を入手し1年強が経ち、私も多くの Tesla オーナーたちと全く同じように感じるようになりました。運転し心地は、これまで運転したどの車よりも素晴らしいし、オートパイロットは高速道路での長距離運転のストレスを大幅に軽減してくれます。頻繁にあるソフトウェア・アップデートで、次々に新たな機能が付け加えられる体験は、これまでの自動車を持つ体験とは根本的に違うことが良く分かりました。たまにガソリン車を運転すると、エンジンが発する音と振動がとても不愉快で、心の底から「もう二度とガソリン車には戻りたくない」と感じます。
Tesla のオーナーになってつくづく感じるのは、これはたまたま Elon Musk というカリスマ経営者が Tesla という素晴らしい電気自動車を作っている、という局所的な話ではなく、もっと根本的な、大きな変化が自動車業界に訪れており、Tesla はその変化を最初に具現化した一企業でしかない、という現実です。
Marc Andressen は、2011年に「Why Software Is Eating the World」という小論文を発表しましたが、まさにこの文章に書かれていることが、自動車業界に起こっているのだと思います。
最初にこの変化が訪れたのは、コンピュータ業界でした。IBM、DEC、Compaq、Dell などのハードウェアを作っていた企業が、Microsoft に代表されるソフトウェア企業に飲み込まれてしまったのです。
下のグラフは、コンピュータ業界の企業価値(株価総額)を1986年と2018年で比較したものですが、IBM が企業価値の大半を占めていた1986年と比べると、パイ全体が大きくなると同時に、その成長の大半を Microsoft、Oracle、SAP、Salesforce などが持って行ってしまったことが良く分かります。
メディア業界への変化は、コンピュータ業界と比べると少し遅く、インターネットが普及した2000年代に入ってから起こりました。下のグラフは Google が株式を公開した2004年のメディア業界の企業価値と今のものを比べたものですが、コンピュータ業界と同じく、成長の大部分は Google、Facebook、Netflix などのソフトウェアを上手に使いこなす企業が持って行ってしまっています。
携帯電話業界への変化は、iPhone が誕生した2007年に始まりましたが、当時の企業価値と今のものを比べると、Nokia、Blackberry、Motorola などの従来型の携帯電話メーカーの企業価値は著しく損なわれ、ソフトウェアを上手に活用した Apple が企業価値の大半を占めるようになってしまいました(Samsung が残っているのは、携帯電話ビジネスではなく、半導体ビジネスによるものです)。
小売業界の変化は、Amazon が誕生した1997年にスタートしていますが、他の業界と比べて長い時間がかかっています。しかし、下のグラフを見れば、成長の大半を Amazon が持って行ってしまっていることがわかると思います。
これらの業界と比べると、自動車の変化は始まったばかりだし、スピードも小売業界のようにゆっくりです。去年、Tesla が株価総額で Ford と GM を追い抜いたのが象徴的なイベントとして伝えられましたが、まだまだ実際の利益を上げるまでには成長しておらず、自動車業界の変化はこれからです。
「EV化・自動運転・コネクティビティ・シェアリング」という4つの変化は、自動車業界が、(コンピュータ業界と同じく)ハードウェアで勝負をする業界から、ソフトウェア業界で勝負する業界に生まれ変わろうとしていることを示しているのです。
Tesla が自動車業界の慣例だった「2年ごとのモデルチェンジ」というアイデアを捨て、より粒度の細かいハードウェアのアップデートで市場のニーズに素早く答え、同時に、既に市場に出回っている自動車に対して頻繁なソフトウェアアップデートを施すことにより、ユーザー体験を高めているのは、単に Tesla という会社がそんな方針で運営しているからではなく、自動車が「ネットに繋がった走るコンピュータ」となり、ソフトウェアで差別化をする時代になったからこそ必要な戦略なのです。
「DOING THINGS DIFFERENT: COMPANY INSIDERS OPEN UP ABOUT TESLA’S UNIQUE APPROACH」という記事には、Tesla が従来型の自動車メーカーといかに違う作り方をしているかが、以下のように表現されています。
“For instance, Rivera “points to Tesla’s lack of model years in favor of over-the-air software updates that can improve a vehicle overnight. Rivera, who worked with the traditional industry’s five-to-seven-year cycles for introducing new versions of cars, says Tesla is satisfying a deeply felt customer need. Why should they have to wait so long for something new?” And it’s not just software. Motor Trend once reported that “Tesla implements about 20 modifications to the car per week. Not software, mind you, but actual hard parts.”
Rivera 氏は、Tesla が「何年モデル」という考え方を捨てて、携帯電話網を通じたソフトウェアアップデートをするのも、自動車業界の常識に囚われず、当然のことをしているだけだ、と指摘します。Rivera 氏は、以前は5年から7年という長いサイクルでモデルチェンジをしていた従来型の自動車業界で働いていましたが、「Tesla は、顧客の必要としているものを提供する、ということをちゃんとやっているだけ」だと指摘します。「なぜそんなに長い間待つ必要があるのでしょうか?」。そして、それは、ソフトウェアだけではありません、Motor Trend が以前に報告した通り、Tesla はハードウェアに関しても、週に20個ぐらいの細かな改良を加えているのです。
この根本的な変化に気づかず、従来通りに「4年ごと(もしくはそれ以上)のモデルチェンジ」を続け、ユーザーのサポートはディーラーに任せ、カーナビは外のメーカーに任せ、ウォーターフォール型でソフトウェアを作り、ソフトウェア・アップデートはよほどのことがない限りしないような自動車メーカーは、必ず衰退していくと私は思います。
iPhone の誕生した2007年当時、Nokia や Motorola は携帯電話業界では圧倒的な強さを持ち、彼らの地位が揺るぐことなど、誰も想像できませんでした。それとまったく同じことが、今の自動車メーカーにも言えます。Tesla という黒船はすでに港に到着しており、圧倒的なソフトウェア開発能力で、既存の自動車メーカーが与えることのできないユーザー体験を提供し、消費者を虜にしているのです。
「電気自動車なんて本気になればいつでも作れる」「Tesla はニッチな存在でしかない」などと甘い考えでいると、必ず Nokia や Motorola と同じ目に遭います。
経営陣を刷新して「ソフトウェアとは何か」を根本的に分かっている人を主要なポジションに置き、必要に応じては新しい自動車メーカーを立ち上げ、そこに次の時代の自動車を任せ、従来のディーラーネットワークを使わず、Software-centric に設計した電気自動車を(売り切りではなく)サービスとして提供する、くらい思い切ったことをしなければならない危機的な段階に来ていると私は思います。
ソフトウェアはすべての業界において、着実に存在感を増しており、最後には必ずソフトウェアを使いこなす企業が圧倒的な力を持つようになるのです。自動車業界も決して例外ではありません。自動車業界は今後も大きく成長しますが、その成長のすべては、ソフトウェアを使いこなす、Software-centric なモノ作りができる企業が持って行ってしまうのです。
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