なぜ契約は「起業家の知性」を問う試金石なのか

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――創業時に“友情”で分けた株式が、企業の命運を左右する理由

日本ではビジネスにおける契約を、形式的な手続きや信頼関係の“代用品”と見る傾向がいまだ根強い。しかし、特にスタートアップのように「急成長か撤退か」が問われる環境では、契約の有無が事業の成否を左右することさえある。


契約とは「信頼の欠如」ではなく、「不測の事態」への備えである

契約を交わすという行為は、信頼していないからではない。むしろ、“何があっても共に進めるための準備”である。ビジネスにおいては、常に不確実性がつきまとう。人が変わる、状況が変わる、予測不能なことが起こる。だからこそ、契約の本質は「物事がうまくいかない可能性を減らす」ことにある

そして何より重要なのは、書き出すことで曖昧さを削ぎ落とし、両者の認識のズレを可視化するというプロセスそのものだ。テキスト化は単なる記録ではなく、合意形成の質を高める思考プロセスである。

これは、ソフトウェア開発における「要件定義」にも似ている。仕様が曖昧なまま開発を進めれば、のちに高いコストで修正せざるを得ない。契約もまた、ビジネスの設計図なのだ。


創業時の「善意の平等」が、成長を阻害するリスクに

創業時の契約で最も重要なのが、株式分配と株主間契約だ。だが、この初期設計が軽視されることは少なくない。以下は、実際に起こりうる典型的な失敗例である。

● ケース1:50:50の平等出資 → 意思決定が完全に停止

共同創業者2人が「対等な関係」を重視して、出資比率を50:50としたケース。数年後、意見の対立が表面化し、どちらも過半数を持たないために、採決も決断もできず、重要な意思決定が進まない状態に陥った

● ケース2:創業者の一人がメンタルを病み、株を手放せずに停滞

事業が軌道に乗った直後、片方の創業者が心身を崩し、業務から離脱。しかし、株式の買い取り規定がなかったため、高騰した株価での買い戻しができず、経営の主導権を持ったまま不在の状態が続いた

● ケース3:5人で株を均等分け → 外部勢力による“乗っ取り”リスク

創業メンバー5人で株を20%ずつ保有していた企業で、うち1人が外部の人物に影響され、株式を譲渡。結果、悪意ある第三者が議決権を得て、取締役選任や経営方針に強く介入する事態となった


外部投資家は、株式構造を“経営の成熟度”として評価する

株式の分配は、単なる内部の力関係の問題ではない。実は、外部の投資家が最も注目するポイントの一つでもある。投資家は、資金を投じる前に必ず「この会社は、迅速かつ安定的に意思決定できる体制にあるか」をチェックする。

もし複数の創業者が均等に株を保有していたり、意思決定プロセスが見えにくい構造だったりすれば、そのスタートアップは“リスクの高い対象”とみなされ、投資判断に悪影響を与える。逆に言えば、株式構造と株主契約の設計は、企業の「経営の設計思想そのもの」を映し出しているのだ。


株式は「誰のものか」ではなく、「どう動かせるか」が重要

株式は一度配分すれば、簡単には変更できない。そして会社の成長に伴ってその価値が上昇すればするほど、初期のミスは取り返しがつかなくなる。だからこそ、創業期の株式設計と契約は、成長戦略そのものと捉えるべきなのだ。


最低限、創業時に考慮すべき契約と設計のポイント

スタートアップにとって契約とは、単なる“法的な保険”ではない。

それは、未来の不確実性に備え、組織の意思決定を支える「経営のOS」そのものである。

どんなに小さなチームでも、最初の1行の契約が未来の1兆円企業をつくる礎になる。>
創業の熱狂に流されず、未来に耐えうる設計を。

それが、真にプロフェッショナルなスタートアップの第一歩である。

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